「101年目のロバート・キャパ 戦場に生き、恋に生きた写真家」という写真展に出かけた

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ロバート キャパ 展示会

今日は、友達に誘われて「101年目のロバート・キャパ 戦場に生き、恋に生きた写真家」という展覧会が催されている九州芸文館に出かけました。(*^_^*)

何を隠そう・・・私は、ロバート・キャパ(Robert Capa)と言えば、とりあえず名前だけは知っていましたが、戦場カメラマン・報道カメラマンとして有名だったという事以外は、あまり知りませんでした。

入場料は一般が800円、高大生が500円、小中学生は300円。

展示場入り口でチケットを買ってパンフレットをもらい、展示場の中へ・・・

会場の中には「崩れ落ちる兵士」や「ノルマンディ上陸作戦」などの戦場の写真の他にゲルダ・タロウやイングリッド・バーグマンなどの恋人を写したもの、他にはヘミングウェイやピカソ、「怒りの葡萄」の作家のジョン・スタインベックなどの交友関係を示す写真なども多数展示されていました。

ドイツ軍から解放された街で フランス、シャルトル
ドイツ軍から解放された街で フランス、シャルトル

私は、キャパは、生粋のアメリカ人だと思っていましたが、実は彼はユダヤ系で、出身はハンガリーのブタペストなんだそうです。彼は1939年にはアメリカに移住して、翌年にアメリカの永住権を取得、1946年にはアメリカ市民権を得ています。

キャパの本名はフリードマン・エンドレ・エルネー(Friedmann Endre Ernő)で1913年生まれ、1954年に第1次インドシナ戦争のフランス軍を取材中に地雷を踏んで爆死。

そもそも「ロバート・キャパ」という名前は、戦場カメラマンで当時の恋人でもあるのゲルダ・タローが考え出した偉大なカメラマンという設定の架空の人物名だったそうです。
ゲルダが、そういう架空の偉大なカメラマンが撮った写真として写真を持ち込めば高く売れるとフリードマンをそそのかし、「LIFE」1937年7月12日号の有名な「崩れ落ちる兵士」も、その架空のロバート・キャパの名前が撮影者として使われていてます。

それ以降、フリードマン・エンドレ・エルネーは「ロバート・キャパ」という名前を使うようになりました。

実は、当時の「ロバート・キャパ」の名前で出されている作品は、ゲルダとの合作で、「崩れ落ちる兵士」の撮影者は、実はフリードマンではなくゲルダで、兵士が撃たれる瞬間ではないらしいという意見も近年になって出てきています。( ̄▽ ̄;)

1954年、地雷を踏んで死んでしまった第1次インドシナ戦争の取材に行く前に、キャパは日本に滞在していて、東京の明治神宮外苑のメーデーの集会の写真や小さな子供の写真などもカメラに収めています。キャパは、日本をかなり気に入っていたようですね。

「101年目のロバート・キャパ 戦場に生き、恋に生きた写真家」パンフ
パンフレット

先月8月31日には、あの日本の戦場カメラマンで有名な渡部陽一さんが、この会場に来て講師として講演をしていたんだそうです。この講演に参加出来ていたらもっと良かったんですけど、彼が来ていたなんて知りませんでした。良い機会を逃してしまい残念・・・・

ちなみに、この展示会は、新幹線の新船小屋駅の真ん前にある九州芸文館にて2014年8月2日~9月15日まで開催されています。もうすぐ終わってしまいますが興味がある方はどうぞ!

九州芸文館
九州芸文館 福岡県筑後市大字津島1131
新船小屋駅
新幹線 新船小屋駅

 

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